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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)145号 判決

被告人 佐藤英夫

昭二〇・一・二六生 造船所工員

主文

被告人を懲役八月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府吹田市千里丘陵において開催中の日本万国博覧会に反対する目的の下に、同会場テーマー館の一部「太陽の塔」の頂部「黄金の顔」を占拠することを企て、昭和四五年四月二六日午後四時半ごろ、同塔内の七階「空気調整室」に侵入し、塔内の鉄梯子等をよじ上つて、同日午後五時過ぎごろ、右「黄金の顔」の右眼孔部に入りこみ、もつて日本万国博覧会協会(会長石坂泰三)が管理する建造物の一部に故なく侵入したうえ、同所において「赤軍」と明記した赤色ヘルメツト(昭和四六年押第九九号)を着用し、「万博粉砕」「万博をやめるまで降りないぞ」等と叫んで気勢をあげるなどしながら、同協会係員および警察官の再三にわたる説得を無視して同年五月三日午前八時三五分ごろまで延べ約一五九時間余り同所附近に滞留し、その間同協会をして、被告人の生命身体の安全保持ならびに一般観客への危害防止のため、右「黄金の顔」に装置する照明用クセノンサーチライトの投光および「太陽の鐘」と題するチヤイム放送を中止させたほか、一般観客のテーマー館空中展示場における観覧および同館地上部分の立入りを制限するなどの措置をとることを余儀なくさせ、もつて威力を用いて同協会の業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、太陽の塔は芸術作品であつて「人の看守する建造物」に該当しない旨主張するので、この点につき判断する。

前掲証拠によると、太陽の塔は画家岡本太郎氏の構想、制作にかかるもので、その正面、背面および先端にそれぞれ現在、過去および未来を表象すべき表情の顔を画き備えたそれ自体一個の巨大な芸術作品ではあるが、その構造は、高さ約六〇メートルの周囲が牆壁によつて支えられ、内部は一階から地下に降つてエスカレーターにより「生命の樹」と題する塔内展示品を順次下から上に眺めて六階に至り、同所から「塔の腕」と称する部分を通り抜けて地上約三〇メートルの空中回廊に出られる仕組となつていて、その間が展示部分として一般観客の観覧の用に供せられ、六階から上は塔内の空気調整および電気関係の機械、器具が設置された「空気調整室」「電気室」と称する部屋がつづき、さらに「電気室」から六個の鉄梯子が連けいして塔内の最上段部に達し、そこから鉄のパイプをくぐり抜けて「黄金の顔」に出られるようになつていること、そして太陽の塔は協会テーマ課の所轄に属し、開館中は塔内およびその近辺に多数の職員、警備員を配置して観客の誘導、警備に当らせるほか、随時技術員等による塔内全般の機械器具の点検、補修等が行われ、閉館後は同職員等による塔内の清掃、整理がなされたうえ、各出入口に施錠し、地下の管理事務所にその鍵を保管して宿直職員による夜間の管理がなされていたことが認められる。

以上のような事実に照らすと、太陽の塔は現に万国博覧会協会の管理、支配する一個の建造物であつて、刑法第一三〇条にいう「人の看守する建造物」に該当するものであることは明白である。

よつて弁護人の右主張は採用しない。

(二)  弁護人は、太陽の塔は広く一般に開放され、どこにも立入りを禁止する標識等はなく、施錠もされていなかつたし、被告人は単に自己の意思を表現するために塔内に入つたに過ぎないから、「故なく侵入し」たものに当らない旨主張するので、この点につき判断する。

前掲証拠によると、太陽の塔の内部に入るためには、一階から前記の一般観客の観覧経路たるエスカレーターによるほか、別の箇所に設けられ、職員その他業務関係者が専用すべきものとせられていたエレベーターおよび非常用階段による三通りの方途があることが認められるところ、被告人が右のうちいずれの経路によつて入塔したかについては、本件全証拠によつてもこれを確定することができないので、結局当初の立入り箇所は不明というほかない。しかしながら、塔内六階において右三個の経路は合流し、同所から「黄金の顔」に出るためには前記のとおり、七階の「空気調整室」に入つてから、同室奥のV字型鉄の足場をのぼつて「電気室」に至り、同所からほぼ垂直に設けられた六個の鉄梯子を順次のぼつて塔頂部に達する以外には方法がないことが証拠上明らかであるから、被告人もまた右の経路に従つたものと推認される。ところで、さらに前掲証拠によると、事件当時右「空気調整室」およびその附近には一般人の立入りを禁ずる旨の標識その他の措置が施されてはいなかつた(司法警察員作成の昭和四五年五月九日付実況見分調書添付の写真第五、六号の立入禁止のはり紙は事件後に貼付せられたものである。)けれども、協会としては、同室から上部は機械、器具の操作係員等のごく限られた業務関係者のみの立入りを認め、観客その他一般人がかかる場所に無断で立入ることなどは予想もせず、勿論前記のような意図をもつた被告人に対して立入りを許容する筈もなかつたことが明らかであり、このことは、同室が六階の一般観客の特定順路とは逆方向の奥まつたところにある非常口の扉を開き、そこから狭い階段を上つたところに位置し、且つ同室内は殆んど空気調整のための大きな機械設備で占められている状況を一見して何人も容易に看取しうべきところであることが認められる。

以上のような事実に照らすと、被告人は協会が立入りを禁じている場所であることの情を知りながら、看取者の目を盗み、「黄金の顔」を占拠する目的をもつて、右「空気調整室」に押入つたものと認められるから、おそくともその時点において被告人の建造物侵入罪は成立するといわなければならない。

よつて弁護人の右主張は採用しない。

(三)  弁護人は、被告人の本件行為は自己の思想を表現するために居坐つたものに過ぎず、威力を行使したことはない旨主張するので、この点につき判断する。

(黄金の顔の眼孔部に滞留したこと)

一般に、業務の執行に必要な場所や機械設備等を占拠し、業務の執行をしようとすればその者の身体、生命に危害が及ぶおそれがあるため、必然的に業務の執行を中止もしくは制限せざるを得ない場合、かかる状況の下における占拠行為はそれ自体業務主催者に心理的威圧を加えるものとして、刑法第二三四条にいう「威力」に該当するというべきである。これを本件についてみるに、「黄金の顔」の眼孔部は地上約六〇メートルの狭隘且つ不安定な場所であるうえ、左右にそれぞれ電力約四キロワツトのクセノンサーチライト一基が装置され、また「黄金の顔」の後背部には「太陽の鐘」と題するチヤイム放送用のスピーカーが設置されているところ、前者はそれが点燈されることによつて生ずる高熱と強い照明度のため、後者はそれが放送される際の音響の大きさから、いずれも、その近辺に滞留する被告人の生命、身体に危害を及ぼし、もしくはそれが原因となつて被告人が地上に落下するおそれも十分予想されたので、このような結果の発生を防止するため、協会においてやむなく右の設備、機能の作動を停止するに至つたことを証拠上認定することができ、その事実によると、被告人の本件占拠行為が右にいう「威力」に該当することは明らかである。

(赤軍のヘルメツトを着用し、気勢を挙げたこと)

本件に先立つ約一ヶ月前、赤軍派分子によるいわゆる「ハイジヤツク」事件が発生し、当時これらの者に対する世間の不安や危惧の念はより一層深刻なものとなつていた状況にあつたことは公知の事実であつて、このような情勢の下において、被告人が判示認定のように敢えて赤軍を標榜し且つ「万博粉砕」等と叫んで気勢を挙げる等した行為は、同人が真実赤軍派の一員であつたかどうかにかかわりなく、その行為の外観自体に照らし業務主催者たる万博協会職員らの自由意思を制圧するに十分であり、従つて右の行為もまた「威力」に該当することは明らかである。

よつて弁護人の右主張は採用しない。

(四) 弁護人は、被告人の本件行為によつて観客がふえたことはあつても、営業が悪化したことはないから、業務妨害にはならない旨主張するので、この点につき判断する。

刑法第二三四条にいう「業務を妨害」するとは、それによつて業務の正常な運営、機能が阻害され、もしくは阻害されるおそれのある状態が発生することをいい、必ずしも経済的な面からみた営業成績が低下したことを要するものではないというべきである。本件において、協会は被告人の一連の行為によつて「黄金の顔」の照明用クセノンサーチライトの投光および「太陽の鐘」のチヤイム放送を、被告人が黄金の顔眼孔部付近に滞留した全期間延約一五九時間余にわたつて全面的に中止し、また被告人からの危険物の投擲等による一般観客への危害を防止するため、被告人を発見した昭和四五年四月二六日午後五時過ぎから同月二八日正午ごろまで空中展示場の全部を封鎖し、その後同日一杯は同回廊西南部にある「生活セクシヨン」を除くその余の三展示場の観覧規制が行なわれ、さらに塔の正面階段および入口附近への立入りも、その範囲が途中狭められたとはいえ、全期間にわたつて制限されたことが証拠上明らかであつて、以上の事実によれば、協会の太陽の塔およびその附近における展示機能および業務の正常な運営は現に著しく阻害されたというべきである。

よつて弁護人の右主張は採用しない。

(五) 弁護人および被告人は、「被告人の本件行為は万国博覧会本来の理念たる民衆の祭典としての性格を喪失し、単に国家権力と大企業がその物質力を誇示するだけのパビリオン競争に堕した日本万国博覧会の欺瞞性に対する抗議のデモンストレーシヨンであつて正当な行為である。」旨主張するところ、勿論被告人が日本万国博覧会に対し右のような思想、信条を抱き、これを表現することの自由は憲法上保障されているけれども、その表現方式は無制限に許容されるものではなく、明白且つ現在の危険を生じ公共の福祉に反する場合には制約を受けるべきものであることもまた当然である。被告人の本件行為は前述のような行為の動機、手段、態様ならびに被害の状況等の諸事情に照らすと、明らかに憲法の保障する表現の自由の範囲を逸脱し、刑事法上も違法性が阻却されるべきものでないと考えられる。

よつて弁護人および被告人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、建造物侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、威力業務妨害の点は刑法第二三四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号にそれぞれ該当するところ、建造物侵入と威力業務妨害との間には手段結果の関係があるので、刑法第五四条第一項後段、第一〇条により一罪として犯情の重い威力業務妨害罪の刑により処断すべきところ、被告人の犯情についてみるに、本件行為によつて、主催者たる協会としては万博シンボルゾーンの中心的役割をもたせた太陽の塔の重要な象徴および展示機能を長時間に亘つて毀損、妨害せられ、塔およびその近辺会場の正常な業務の運営を全く混乱に陥れられたのみならず、協会職員は勿論一般観客や多くの国民に与えた精神的打撃も甚大であつて、その刑事責任は重大であるといわなければならない。これに対し、被告人は自己のイデオロギー的主張を繰り返すのみに終始し、本件行為の過激性に対する自覚ないし反省の片鱗をすら遂に窺うことができなかつたことは法治国家の一員としてまことに遺憾というほかなく、結局本件は、被告人自身における思想的ドグマに対する狂信とこれを大胆な行動に直結する短絡性、自己顕示性に傾いた人格の未熟、偏奇を露呈したものと考えざるを得ないのである。しかし被告人は未だ年若く、いわゆる前科もなく且つ比較的長期間の拘束により事実上の制裁を受けてきている等の情状もあるので、以上の諸事情を総合考慮したうえ、当裁判所は所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役八月に処することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

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